あなたの写真作品をどのファインアート紙にプリントしますか?

あなたの作品に合うファインアート紙はどれですか?紙にはそれぞれ特徴があり、作品によって合う合わないがあるということを写真仲間にどうやって伝えますか?この記事はそんな問いに答える参考になればと思って書きました。一眼レフや本格的なミラーレスカメラが各社から豊富に販売され、瞳検出や露出オート機能もめざましく進歩してきました。その結果、誰でも綺麗でそれなりの写真を取ることができる時代です。実際に高価なカメラやレンズを持っていて写真撮影が趣味だという方が沢山いらっしゃいます。その一方でほとんどの方は撮影後、自宅のパソコンで鑑賞して終わりではないでしょうか?熱心な写真愛好家の方は写真雑誌で印刷された写真をご覧になる方もいるでしょう。それでもオンラインやお店でできる便利なデジタル銀塩プリントやファインアートプリントのサービスがあるにもかかわらず、紙にプリントをして楽しむ方は限られてきます。僕は一人の写真家として、”写真作品は紙にプリントしたものを他人に見せて完成”だと考えています。インスタグラムなどのSNSやパソコンモニターでの鑑賞を否定しているわけではありません。素晴らしいモニターで見て綺麗だから満足というのも趣味としてOKでしょう。ピクセル等倍にして先鋭なピントピークに酔いしれるのも同じです。ただし、綺麗な写真ではなく”いい写真”や”伝わる写真”、もしくは”写真がうまくなること”が目的であれば紙にプリントするべきだと思います。そうは言っても急に「よし、ハーネミューレのフォトラグを使って自分の写真をプリントしよう」とはなりませんよね。ファインアート用紙も、用紙メーカーもたくさんあって選ぶだけで大変です。今回は作品に合った用紙選びの参考になればとプリント紙の特徴を比較しました。扱うのはハーネミューレ社のファインアート紙・デジタル写真用紙から選んだ7種類(フォトラグバライタ, フォトラグパール, ファインアートバライタサテン, ウイリアムターナー, ジャーマンエッチング, ミュージアムエッチング, フォトラグ 308)です。

そのパソコンモニターに映しだされているのは、とてもキレイな"作品未満のデータ"

そもそも”写真作品はプリントを見せて完成”とはどういう意味でしょうか?答えはいくつかありますが今回のテーマに沿った理由は1つ、モニターで見るイメージはただのデジタルデータだからです。例えばあなたが休日に奥多摩の渓谷へ出かけたとしましょう。季節は春、満開の桜は少し逃しましたが水面に散った花びらが美しく、”輝く水面の美しさとしっとり濡れた桜の花びら”を伝えようと撮影した写真は、カメラ背面の液晶で見ても自宅のパソコンでも素晴らしい出来です。でもそれはデジタルカメラが集めた光をパソコンがモニター上で光らせているだけのもの。現実には無いものです。そしてあなたが心を動かされて撮った”伝えたいもの”は誰にも伝わっていません。わざわざ時間と労力を使って奥多摩へ行ったのでしたら、そこで終わらせるのはもったいない。あなたのパソコンに眠っている素晴らしい写真データをあと一歩前に進めてプリントし、誰かに見せることで”伝わる写真作品”にしましょう。


いい写真には伝えたいテーマがあり、紙は写真のテーマを左右する

なぜ用紙選びをするのでしょうか?ゴールはどこを目指せばいいのか?その答えは、”紙は写真の被写体と相性があり、紙の違いによって伝わるものが変わるから”です。そして用紙を選ぶ目的は、”ベストな組み合わせを見つけること”になります。あなたが写真を撮る時、必ず何か興味をそそられる被写体があるはずです。例えば美しい夕焼け空の暖かいオレンジ色、鮮やかな海の青、可愛らしい花の質感、ペットの柔らかい毛並み…これらの被写体には様々な色や質感があります。さらに雰囲気を伝えたい場合とリアルな姿を伝えたい場合ではトーンも違いますよね。紙はそれぞれ材質に特徴があり、プリントする写真との相性があります。写真のテーマと表現する紙が一致した時は思わず声を出して笑ってしまうほど嬉しくなります。一方で自分の考えと異なる表現を持つ紙を使うことで伝えたいことが伝わらない、場合によっては逆に伝わってしまうこともあります。しかしフィルム写真の時代と違い、現代では銀塩プリントに加えてプロのクオリティー、信頼性と耐久性を備えたインクジェットプリントが気軽にオンラインで注文できるようになりました。プリンターメーカー各社からもプロフェッショナル用のプリンターが発売されています。素晴らしいことですが、こうなると印刷方法と出力用紙の数・種類が豊富すぎて、その中からあなたの作品用に1種類選ぶのは大変です。1枚あたりのプリント用紙・インクにかかるコストも非常に高価ですので趣味として全てを試すのも難しいでしょう。そもそも何をどう試せばいいかもわからないかもしれません。初めは僕が用紙を選ぶ基準を使ってみてください。感覚的なものを除くと主に4つです。1. 発色性、2. 表面のテクスチャ(質感)、3. 紙の白色、4. 黒の表現 この4項目が組み合わさって被写体を表現する助けをしてくれます。


レビューをした用紙と写真作品、評価方法について

レビューを書きましたが、これは紙の良し悪しを評価するものではありません。最も重要なのはすべての写真を100点で表現できる紙はないと知ることです。

今回は銀塩プリントと比べてより選択肢が多く、試すのが難しく感じるファインアート用紙についてレビューを行いました。プリント環境について: モニターはAdobe RGBにカラーマネージメントされたSW2700PT。プリンターはEPSON SureColor P800(日本版だとSC-PX3V)です。使用した紙はハーネミューレ社製デジタル写真プリント向け用紙から7種類です(フォトラグバライタ, フォトラグパール, ファインアートバライタサテン, ウイリアムターナー, ジャーマンエッチング, ミュージアムエッチング, フォトラグ 308)。ドイツに本拠地を置くハーネミューレ社はファインアート紙を製造するメーカーとして最も歴史を持つ企業の1つで高品質・高級紙の代名詞にもなっています。7種類の紙は全て僕がオリジナルプリント制作用に使う可能性のあるものです。プリントした写真は以下の8種類、こちらも実際にオリジナルプリントとして販売している作品の中から異なる質感、色味、雰囲気、明るさ、被写体を写したものを選びました。様々な角度から紙の特徴を知るためです。同じデータを全てのプリントに使い、用紙メーカーがオンラインで公開しているSC-PX3V用ICCプロファイルで色校正してあります。サイズもレター(8.5”x11”、A4に近い)で余白も統一して出力しました。評価軸には1. 発色性、2. 表面のテクスチャ(質感)、3. 紙の白色、4. 黒の表現を中心に僕の感覚的なものを追加しています。

左上「白昼夢」, 右上「虹が落ちる原野」, 左下「優しい森と倒木」, 右下「霧の湖面に浮かぶ森」

左上「朝に染まるドールシープ」, 右上「午後の干潟を歩く親子のクマ」, 左下「岩稜で佇むドールシープ」, 右下「朽ちゆく大樹」

−光沢系ファインアート紙
  1. フォトラグバライタ
フォトラグバライタの特徴

銀塩プリントに慣れている方が違いに驚きやすく、また受け入れやすい紙がフォトラグバライタです。アートが盛んな欧米では絵画や写真作品の長期保存がとても重要視されています。その目的で伝統的に使われているのがコットンをベースとする紙です。本紙もコットンベースのうちの1つで、いわゆるバライタ紙のインクジェット版です。今回試した紙の中では最も強いコントラストがあり、とても鮮明でビビッドな発色を見せてくれます。特筆すべきはシャドウの締りで、深く深く締まった強い黒で吸い込まれるような影が表現されます。白黒写真にしたときのグレートーンの繋がりは特に目をみはるものがあります。光沢が強い一方で光沢紙としてはやや粗めの面質を持つため、強烈な色味と相まって立体感が強く現れます。ただフォトラグパールと比較すると異なる立体感を覚えるでしょう。この紙が色とコントラスト、質感で飛び上がるように演出された立体感であるのに対し、フォトラグパールはその突出した高解像度と優しい光沢で浮き上がるような印象があります。紙色はナチュラルホワイトなので、暖色・寒色に関わらずどんな色でも素晴らしい発色を見せてくれます。どちらかというと絵画のような穏やかで優しく雰囲気を重視する写真よりも、写実的で先鋭なポートレートや鮮やかな花などの被写体に合うでしょう。輝く光沢は水鏡などにとてもいいと感じます。


  1. フォトラグパール
フォトラグパールの特徴

フォトラグバライタと同じくコットンベースの紙ですが、面質としては全体的にファインアートバライタサテンと似ている特徴があります。大きく違うのは2点で、フォトラグパールは白色がかなり温かいこと、解像度が非常に高いことです。暖かい紙色によって虹は少し暖色系のにシフトする傾向がありますが、素晴らしい発色を見せます。この紙で最も驚いたのはその解像感です。すばらしい。A4位のサイズにプリントして目のピントが合うギリギリまで近づけて見てみましたが、草原に寝そべるカリブーの毛まで見て取れます。

「白昼夢」よりツンドラに横たわるカリブーのクローズアップ

表面の凹凸はファインアートバライタサテンよりも極々わずかに不均一で荒いのですが、よりしっとりした光沢感がたまらない高級感を演出しています。このテクスチャーと解像度が相まってふわっと浮き上がるような立体感が出ます。コントラストは落ち着いた印象で、黒をなめらかに広く表現してくれるのでシャドウも優しく締まります。紙質のせいか、プロファイルのせいかわかりませんが+0.1段くらい明るめにプリントされる傾向があるようです。平滑面ではごくごくまれに表面の凹凸が見て取れる場合もありました。特に暖色系で上品な作品、細かい3D感を持った風景写真で秋の紅葉などがテーマの場合、完璧に表現できるでしょう。


  1. ファインアートバライタサテン
ファインアートバライタサテンの特徴

上質のサテンのような面質であらゆる作品を上品に仕上げてくれる紙です。この質感は硬いものから柔らかいものまで、フォーカスの合っていないところやボケまでもうまく描き出し、わずかな3D感を上乗せしてくれます。優しいテクスチャ-はやや反射が多いのですが、独特な光沢で色乗りを際立たせてくれます。ただしフォトラグバライタと違って繊細な発色です。モノクロ写真も上品に仕上がります。フォトラグパールと同じく広いダイナミックレンジを持っているので、シャドウからハイライトまでを階調豊かに描いてくれます。さらにハイライトの飛び方は非常に穏やかです。紙はナチュラルな白でニュートラルな発色をしてくれるので想像した色が非常に再現しやすいのも特徴です。この用紙とフォトラグパールは光沢紙の中では落ち着いていて霧や霞、微かな光のニュアンス、繊細な雰囲気までもよく残してくれます。その一方でパンチのあるポートレートや写実的な表現までも上手くこなします。ただし、ハイコントラストな作品に対しても落ち着きのある描き方をするので合わないイメージもあるでしょう。それでも幅広い作品に使えるオールラウンダーだと思います。



−マット系ファインアート紙
  1. ウイリアム ターナー
ウイリアムターナーの特徴

僕が初めてこの紙を試した時、信じられない気持ちでどうしていいかわからなくなったことを良く覚えています。なんと言っても一般的なマットペーパーと比べ物にならない階調の豊かさ、エッジの立った素晴らしい解像感、色乗りは極めて鮮やかで、ダイナミックレンジは目で見たものに近いくらいのハイライトとシャドウを描き出します。紙の表面は今回試した紙の中で最も強く、触った指が引っかかるほどの硬い質感です。ゴツゴツした岩や力強い樹木、動物の角など硬い被写体が生きる紙で、表現がマッチした部分は飛び出て迫りくる感覚に驚いて声が出てしまいます。反面、柔らかな毛や草などでは質感を活かすのが難しく、一般的な女性のポートレートにおけるスムースな肌などを伝えたい写真では意図を上手く表現できなくなります。スムースな被写体だったとしても荒れても構わない/重視しないものであれば問題ありません。繊細な雰囲気を持つ作品に使う場合はシンプルで力強く3Dを強調したいものがいいでしょう。とても目を引きやすい紙なので写実的な作品の方が、より相性がいいことが多いと想像できます。ボケやフォーカス外の部分まで固くなり荒れてしまう点には注意が必要です。暖色紙なのでハイライトは優しい白を見せてくれます。今回のテストではモノクロでプリントした「岩稜で佇むドールシープ」がベストマッチでした。!注意!表面のテクスチャーのせいで擦れに弱いです。間違っても同じ紙同士を重ねたりしないでください。表面は触らず、ガラスやコーティングでの保護が必須となります。

南東アラスカの深い温帯雨林を写した「優しい森と倒木」が驚くほど立体感を得たが、紙の硬い質感が林床を覆う柔らかい苔の質感と力強い倒木の違いを描き分けられなかった。


  1. ジャーマンエッチング
ジャーマンエッチングの特徴

この紙の性質は先に紹介したWilliam Turnerと良くも悪くも似ています。ウイリアムターナーで紹介したレビューをそのまま当てはめてみてください。では何が違うのかというと紙色と凹凸の質感です。こちらはナチュラル・ホワイトの紙ですのであらゆる色を更に鮮やかに表現できるという特徴があり、ややコントラストも高い印象です。さらに表面の凹凸はウイリアムターナーに次いではっきりしている一方で、とても柔らかいのです。そのためあらゆる質感の被写体を立体的に飛び出させることができるため、より使い勝手がいいでしょう。やはり写実的な写真の方が合っているようで、ボケや蜃気楼の表現もウイリアムターナーよりは受け入れやすい荒れ方をします。一方で繊細な雰囲気のある「霧の湖に浮かぶ森」の水面や、「虹が落ちる原野」の虹部分では荒れが気になりました。テクスチャが柔らかいとはいえ最も強い部類に入ると考えてプリントしてください。!注意!表面のテクスチャーのせいで擦れに弱いです。間違っても同じ紙同士を重ねたりしないでください。表面は触らず、ガラスやコーティングでの保護が必須となります。

「虹が落ちる原野」の虹部分、角度によって表面の凹凸が強調される

「霧の湖に浮かぶ森」より、水面部分の切り出し。完璧に滑らかであってほしい作品にはより合う用紙がありそうだ。


  1. ミュージアムエッチング
ミュージアムエッチングの特徴

前述の2種類と同じ特徴です。ハーネミューレのマットファインアート紙はどれも高次元で素晴らしい紙ばかりですね。さて、異なる点をあげましょう。紙色、面質、そして紙の重さです。紙色はテストした中で最も暖かい白色です。ただ暖色系はもちろん際立って色が乗るのですが寒色の退色がそこまで目立たず、やや優しくなる印象です。ジャーマンエッチングの優しいテクスチャーをより穏やかにしたような表面で、写真の中に質感が必要ないな部分があっても気になりにくいです。上記2つの用紙に同じく眼を見張る解像感で綿密に細部を描きます。さらに印象的なのはマットペーパーの中では光の表現に非常に秀でている点でしょう。「朝に染まるドールシープ」ではドールシープが吐く白い息を通過する逆光が良く表現されています。

「朝に染まるドールシープ」より、白い吐息の拡大画像。湯気の中を通る逆光が非常に素晴らしく再現されている。

ダイナミックレンジも最高レベルで影の表現が抜群です。最後に重さ。私が考えるファインアート写真の価値とは目で鑑賞することに対する作り込みだけではなく、手にとった時の質感/感覚も同様です。薄い紙が一概に悪いわけではないですがこのミュージアムエッチングは非常に厚く、重いファインアート紙です。一度手に取るとズッシリと手にかかる重量感と指先で感じるテクスチャによって、すぐにいいモノだと直感するでしょう。質感を持ったマット紙の中では幅広い用途が考えられる紙ですが、立体感と雰囲気のどちらも強調したい写真作品によく合うでしょう。!注意!表面のテクスチャーのせいで擦れに弱いです。間違っても同じ紙同士を重ねたりしないでください。表面は触らず、ガラスやコーティングでの保護が必須となります。


  1. フォトラグ 308
フォトラグの特徴

上記のマット紙とは違いハーネミューレ社がスムースなマット紙として分類しているファインアート紙です。とはいえ表面には少しのデコボコがあり、個人的にはテクスチャーペーパーとして認識しています。抑えられた面質はほとんどの写真作品を90点で表現できるので非常に使いやすく優秀な紙です。メーカーが謳う世界中の写真家たちから支持を得ているというのも納得できます。立体感は前述の3種類の紙には及びませんがその他の特徴は全く引けを取りません。解像感でいうと表面の凹凸が弱い分、より精細な描かれ方をします。そしてそれこそがフォトラグを積極的に選ぶポイントです。「朽ちゆく大樹」ではアラスカの雨林を流れる川に倒れた大木が映し出されていますが、表面を覆う柔らかくしっとりした苔の繊細さが完璧に表現されています。

「朽ちゆく大樹」より、表面を覆う苔の拡大画像。瑞々しく柔らかい苔の特徴が上手く現されている。

このように細やかな面質を生かした遠景の葉や苔、針葉樹の枝などが豊富なイメージによく合います。微かな雰囲気の作品でも写実的なものでも相性がいい紙ですが、どちらかというと静けさを感じるような・示唆的な被写体だとこの紙の本当の良さを引き出すことができます。さらに光の演出が抜群なのも見逃せません。ただこの紙は完全に平滑ではないので「霧の湖に浮かぶ森」の水面に見られる完璧にフラットな鏡面や「虹が落ちる原野」の虹部分では、光沢紙やテクスチャの無いマット紙がより素晴らしい表現を見せます。

まとめ

今回のテストでは7種類の紙を例に特徴を解説しましたが、オリジナルプリントを制作する際に紙を見る方法は基本的に同じです。まずは自分の写真が何を伝えたかったのかを明らかにし、それに合う用紙を選ぶ。そうやってたくさんのプリントを創り経験を積むと、モニター上である程度の想像ができるようになります。写真の本質、”何かを人に伝える”を今日から実践してみましょう。